Paper 2001

働く女性と年金

慶應義塾大学総合教育セミナー2 (2000年度)
指導教官:理工学部(天文学教室)助教授 加藤万里子博士

要旨

働く女性の増加は著しく,将来的には,就労率や労働時間の男女差は無くなってゆくだろう。一方,現行の年金制度は,女性の大半が専業主婦であると前提で作られたもので,専業主婦の保険料を第2号被保険者全体で負担している等,働く女性に不利な点が多い。これらの問題を解決する,21世紀の理想の年金制度として,税方式を採用した個人単位の年金制度を提案する。

目次

  1. はじめに
  2. 現行の年金制度
  3. 専業主婦を前提とした年金の問題
  4. 21世紀の年金制度
  5. おわりに

コメント

論集用の原稿からコピーしているので、段組、他若干乱れています。(最終的に製版した版ではありません)

1. はじめに

 働く女性の増加は著しい。図1のように,1970年では1,096万人だった女性雇用者数は1997年では2,127万人と,およそ2倍になった。また,1997年の総務庁(現在の総務省)の統計によれば,働いている人全体の割合を示す就労率も増加していて,20歳代と40歳代の女性で70%を超えている。

 現行の年金制度は,「働く女性の増加」という時代の変化に追いついていない。労働形態や結婚形態は,非常に多様化している。しかし,現行の年金制度は女性の多くが専業主婦になった時代に作られたため,「働く女性」が大半を占めるようになった現在の社会にはマッチしていない。

年金制度の問題点の代表的なものとして,「保険料負担の不公平」がある。どのような立場の人であっても、負担と受益に大きな違いがないのが、年金制度本来の望ましい姿だろう。しかし,現行の年金制度では,専業主婦と働く女性を比較すると,老後に受け取る基礎年金の額は同じだが,年金を支払っているのは働く女性(年収130万円以上)だけである。さらに,専業主婦の分の保険料はその夫ではなく労働者全体で負担している。このことに,働いている独身の人や共働きの人などから,「保険料の負担が不公平だ」という批判が出ている。

 現行の専業主婦を前提とした年金制度には,他にも様々な問題が生じている。このレポートではそれらの問題を紹介するとともに,多くの女性が仕事を持つ,これからの時代の公的年金制度のあり方を考える。

fig.1 女性の雇用者数の推移

2.現行の年金制度

組みを簡単に確認しておきたい。

2.1 なぜ公的年金が必要なのか

 老いるに伴い,人はいずれ働けなくなる。現在81歳の宮沢喜一財務大臣など,高齢でも活躍する日本人は確かにいる。しかし,その様な人の数は少ない。日本人の寿命も長くなり,定年退職の年齢も徐々に引き上げられているが,定年制度自体は無くなりそうにない。また,定年制度が無くても,「老い」による体力の低下を考えると,いつまでも働ける保障はどこにも無い。

 老後の生活を貯金などの蓄えだけで保障するのは難しい。平成12年度現在の年金額を基に計算すると,平均的サラリーマンが65歳から80歳までの15年間で受け取る年金額は,総額4400万円になる。確かに,これだけの蓄えをすることは不可能ではない。サラリーマンであれば,4400万円の一部を退職金で用意する事も可能かもしれない。しかし,現在の不況の状況下では,「会社が倒産して期待していた,退職金が出なかった」という人も少なからずいるだろう。また,4400万円の貯蓄があっても,貯蓄は有限である。最近では100歳まで生きる人もいるが,「いつ貯蓄がなくなるだろうか」と蓄えが底をつく事を心配しながら生活する老後が幸せだろうか。貯蓄だけで老後の生活を保障する制度では,せっかくの長生きが幸せなのだか不幸なのだか分らなくなってしまう。

 したがって,老後の生活は公的な年金制度によって最低限保障される必要がある。毎月一定の額が支払われる方式は,民間の年金保険でも可能だが,突然の経済変動などの予測できない問題で,保険会社が年金を支払えなくなる危険性がある。このように,個人個人の対応のみでは,安定した老後の生活を保障する事は難しくなっている。そこで,「行政が高齢期の基礎的な生活を公的に保障する」公的年金制度が不可欠となるのだ。

2.2 年金の財源

 『社会保障論』(全国社会福祉協議会)によると,公的年金の財源の種類は,3つに分類される。

@ 社会保険方式 : 加入者の保険料を財源とするもの
A 税方式    : 税金を財源とするもの
B 混合方式   : @とAを組み合わせたもの

現在の日本は@の社会保険方式で,欧州諸国やアメリカ等もこの方式をとっている。つまり,日本の年金制度は20歳から60歳までの国民の納付する保険料によって成り立っているのだ。(ただし,年金財政の迫もあり,財源の一部が国庫負担となっている。)

2.3 保険者の種類

 年金の加入者は,つぎの3つのいずれかに分類される。 

  fig.2 公的年金制度の体系

それぞれの,主な職種を挙げると,

となる。

 これらの上に第1号被保険者では国民年金基金(任意加入),第2号では厚生年金や共済年金を上乗せする。これは,国民年金は,老後の必要最低限の生活を保障するだけを目的に作られているため給付が少ないので,より安定で,豊かな老後を過ごせるようにする為にある。

2.4 保険料納付と受け取れる年金額

 保険料は,基本的に20歳から60歳までの40年間支払う。また,様々な事情で保険料を支払えない人もいるだろうが,その様な人も65歳から年金を受け取るには,原則として20歳から60歳までの間に最低でも25年以上は保険料を支払わないといけない。 基本的に65歳から年金は支払われ,保険料を納めた期間の長さで年金の金額が決まる。受け取れる年金額は次の計算式で求められる。  年金額算定用数式   平成12年度の厚生白書によると,現在の基礎年金(国民年金)の年金額は,月額で67,017円であるが,これは20歳から60歳までの40年間保険料を納めた場合で,納めていない期間があるとその分だけ,年金が減る。

3.主婦を前提とした年金の問題

 現行の公的年金制度は,女性加入者の大半が専業主婦であったときに作られた。しかし,現在,専業主婦の多くが属する第3号被保険者の数は,女性の被保険者全体の三分の一でしかない。女性の多くが仕事を持つようになった現在,第3号被保険者の制度には様々な問題が生じている。ここでは,その中から3つの問題点を紹介する。

3.1不公平な保険料負担

 

 現行の公的年金制度はサラリーマンの夫と専業主婦の世帯を基本にしており、「共働きや独身の人達にとって不公平ではないか」という批判が出ている。65歳から年金の給付を受けるには,原則として20歳から60歳までの間に,25年以上保険料を納付する必要がある。ところが,サラリーマンの夫を持つ専業主婦,つまり第3号被保険者は,保険料を支払わずに年金を受け取ることができるのだ。しかも,その分の保険料は,第2号被保険者である民間企業や官庁で働く人達全体で負担している。したがって,夫だけが働いている夫婦と共働きの夫婦を比較すると,受け取る基礎年金は変らないのに共働きの夫婦の方が支払う保険料が多くなるのだ。

 共働きの夫婦の方がより多い保険料を支払う事に,合理的根拠はない。まず,専業主婦の夫は高年収である割合が高い。図3は夫の年収に対する,妻の就業率を示したものである。夫の年収が高いと,その収入だけで十分に満足の行く水準の生活が出来るため,夫が高収入なほど妻が専業主婦である割合が高くなっている。さらに,妻が専業主婦であることによって利益を得ている者があるとすれば,それは,その家庭の夫や子供であろう。家庭の中での,掃除,洗濯,料理,子育てなどの一切の仕事を専業主婦である妻がしてくれるのである。そして,それらの家事を夫はすることなく仕事に専念する事ができるからである。しかし,夫や家族のために、家事をする専業主婦の分の保険料を負担しているのは夫ではない。

 また,サラリーマンの夫を持つ第3号被保険者は,保険料を納付しなくてすむ分を個人年金として運用すれば,さらに多くの年金を受け取る事が出来るようになる。実際,保険会社はサラリーマンの妻を対象とした年金保険を販売している。たとえば,毎月約1万円を15年間掛けて,60歳からの5年間,毎月5万円の年金が受け取れるプランなどがある。

 このように,第3号被保険者の制度は,サラリーマンの夫と専業主婦という比較的裕福な世帯に利益のある制度になっている。公的年金制度は社会保障制度の一環であるが,この保険料負担の不公平は「利益の再分配」という社会保障の観点からも問題がある。

fig.3  夫の収入と妻の就業率

3.2 遺族厚生年金の問題

 不慮の事故や病気などで,夫を亡くした妻には遺族年金が給付されるが,遺族年金にも共働きの妻と専業主婦(第3号被保険者)では格差がある。サラリーマンの夫が亡くなった場合で,共働きの妻と専業主婦の遺族年金を比較する。 まず,妻が第3号被保険者であれば,財産や年齢の制限なしに遺族厚生年金が給付される。その額は夫の厚生年金額の75%になる。さらに,18歳未満の子供がいる場合は遺族基礎年金がさらに追加される。

 一方,共働きの夫婦の場合,夫が亡くなった時の遺族年金の支給には条件がつく。まず,夫の死亡時に妻の年収が850万円以上だと,その妻は遺族年金を一切受け取る事が出来ない。これは,十分な収入があるのだから,ある意味当然かもしれない。しかし,条件はさらに続く。妻の年収が850万円に満たない場合,遺族基礎年金に関しては,専業主婦の場合と同じだが,遺族厚生年金の支給には3つのパタンがある。

@ 夫の遺族厚生年金を受け取る  (自分の厚生年金を掛け捨て)
A 自分の厚生年金を受け取る (遺族厚生年金を放棄する) 
B 自分の厚生年金の1/2+遺族厚生年金の2/3を受け取る (これは,夫婦の厚生年金の合計の1/2と同額。)

現在,多くの女性の厚生年金は,男性の厚生年金よりも支払われる年金額が低い。厚生年金の年金額は,納めた保険料と加入期間で決まる。現状では,女性の給与水準は男性に比べだいぶ低い。さらに,育児などの理由で休職している場合も多く,厚生年金の加入期間も男性より短い人が多い。そのため,一般的に女性の厚生年金は男性の厚生年金よりも低いのだ。

 今のところ,多くの場合共働きで夫が亡くなった場合に受け取れる年金は,@の夫の遺族厚生年金を受け取り自分の厚生年金を放棄する方法が最も多くなる。しかし,この方法では,これまで自分の収入から払ってきた厚生年金分の保険料が無駄になる上に,保険料を納めていない専業主婦と受け取る年金額が同じなのである。共働きの妻は夫を無くした時に,夫との死別の他に,「これまで自分が働いて収めた保険料は何であったのか」という疑問にも直面することになるのだ。


 このように現行の年金制度は,働いて自分で保険料を納めている人に不公平感を感じさせる。まるで第3号被保険者だけが得をしているような気さえする。しかし,現行の第3号被保険者の制度は,この第3号被保険者にとっても問題がある。その問題について,次に考えよう。

3.3 第3号被保険者に立ちはだかる「年収130万円の壁」

 第3号被保険者がパート等で働く場合,「年収130万円の壁」が問題となる。専業主婦の中には,子育てが一段落してできた時間を利用して仕事をはじめる人が多くいる。初めは週に数日程度で始めても,仕事にも慣れてくるとともに仕事にやりがいを感じ,フルタイムに近い長時間働くようになる人もいる。当然,働く時間が増えれば年収が増えてゆくが,年収が130万に達すると,一つの問題に直面する。

 年収が130万円を超えると第2号被保険者となり,年金の保険料を自分で納付しないといけなくなる。年収が130万円以下であれば,年金保険料を納付する必要のない第3号被保険者のままでサラリーマンの主婦はいられる。そのため,多くのパート労働の女性が年収130万円を超えないように労働時間を調整している。年収130万円を超え,保険料を差し引いても手取りが増えるようにするためには,最低でも年収150万円以上にならないといけない。時給を800円と仮定すると,年収を20万円増やすには250時間余計に働かなければならない。つまり,年収が130万円に達した時点で,それ以上は働くのを諦めるか,一気に労働時間を250時間以上増やすかを決断しないといけないのだ。これが「年収130万円の壁」である。

 「年収130万円の壁」は,女性が仕事で活躍する機会を奪う一つ原因になっている。年収が130万円に達した時点で,その人は残業さえ出来なくなる。もっと働くには,労働時間を250時間以上増やす決断をしなければならないのだ。年収130万円以下で働く人の多くは,家庭での家事との両立を求められている。そのような人にこの急激な労働時間増を決断する事はなかなか難しい。つまり,多くの主婦が「年収130万円の壁」で,それ以上仕事をする事を断念しなければならないのだ。

 さらに,「年収130万円の壁」のためにパート労働者が自由に働けない事は,労働者の低賃金を招いている。「年収130万円の壁」が生む,250時間の労働時間の格差を理由にパート労働者には「フルタイムで,残業もする正社員と賃金が違うのは当然」という論理が用いられる。また,正社員に対しては「仕事の内容はパート労働者と大して変わらないのだから」という理由で正社員に低賃金を強いることができる。つまり,「年収130万円の壁」は,雇用者側に有利なように,働く人全体の賃金を下げるという問題も含んでいるのだ。

4. 21世紀の年金制度

 ここまでに明らかにしてきた問題点をふまえ,いささか乱暴な案であるが,21世紀の理想的年金制度を考えてみた。以下は,あくまくでも理想と想像上の年金制度案である。時は2020年,その年金制度は次の3つを柱とする。

  1. 基礎年金の税方式化(主な財源を消費税とする。)
  2. 「個人単位」の年金
  3. 女性が働きつづけられる環境の整備
以下では,この年金制度について考える。

4.1 2020年の日本

 2020年の理想的年金制度を論じるには,2020年の理想的社会を論じる必要がある。年金制度はそれだけで存在するのではなく,他の社会福祉システムや社会の仕組みそのものと深く関係するからである。はじめに,2020年の日本の社会を個人的な希望も交えつつ予想してみよう。

1)経済システムと消費

 2020年になっても,日本は資本主義を維持していくだろう。賃金格差や社会福祉制度の問題などの問題に,社会主義的手法が多く取り入れられてゆくだろう。しかし,適度な競争による技術や経済の発展を促すために,資本主義自体は残ると考えられる。

 2020年の日本でも資本主義経済は堅持されるが,消費の形態は現在に比べ非常に多様化する。まず,サービスの消費が大きな割合を占めるようになるだろう。既に現在,自動車も一家に2台所有する世帯も少なくない。また,日常に必要な家電のような商品も,ほとんどの家庭に行き渡っている。その一方で,海外旅行,フランス料理,エステなどのサービスの消費が増加しており,2020年にはサービスの消費が今以上に多くなるだろう。

 さらに,消費は大量生産・大量消費から,個別のニーズに応じた,オーダーメイドなどが増えるだろう。前述のように,日常に必要なものは既に普及し,需要は多様化している。商品を生産する機械の技術発展も進み,「インターネットを通じてメーカーにデザインなどを指定する」といった事が一般的になるだろう。

2)労働形態

 労働形態も更に多様化するだろう。既に一部で導入されたフレックスタイム制はより一般化して,殆どの職場で実現するだろう。また,各家庭に光ファイバーが行き渡り,自宅で仕事をする人も増える。これによって,通勤する必要のない人もふえるだろうし,通勤ラッシュの様な混雑もなくなるだろう。

 人が働く日数も多様化するだろう。現在のように週5〜6日働く人もいれば,週3日働くという人もでる。これまでの日本の経済発展による富を,貨幣で受け取ったり,自由な時間という形で受け取ったり,富の形も多様化する。(余談であるが,個人的には,土日と水曜日を休みにした週休3日を選択するというのが希望。)

 また,労働形態の多様化が進むなかで,誰でも自由に育児休暇が取れるようになってゆくだろう。また,育児休暇を取って在職期間に空白ができることによる賃金差別もなくなるだろう。さらには,消費の多様に伴って,自営業者向けに「奥様の出産時に代わりにお店をお手伝いします」などのビジネスも始まるかもしれない。

3)全ての人が収入を持つ

 2020年の日本社会では,ほとんどの人が働くだろう。そして,それは全て賃金を得る,有償の労働となる。まず,殆どの女性が働くようになることで,社会全体の就業率があがる。

 現在はボランティアという形の無償労働がある。ボランティア自体は今後ますます広まってゆくだろう。しかし,NPOなどでのフルタイムのボランティアには,何らかの給与を公的機関などから保障されるべきだと思う。

 無償でのフルタイムのボランティアをするには,夫が高収入であるなど経済的に裕福である必要がある。それは,利益の再分配という意味では好ましい。しかし,NPOで活躍するのが裕福な人の特権であることは望ましくない。また,社会的にも重要な位置を占めてゆくNPOが,裕福な人ばかりで組織されているというのも好ましくない。利益を目的としないとしても,生活のためにスタッフが賃金を得ることは,当然の事ではないだろうか。それによって,貧富に関係なく,だれにでもNPOに参加するチャンスが有るようにする事が大事ではないだろうか。

4)男女の賃金格差の是正

 男女の賃金格差は是正される。これからも,働く女性は増加して,労働者の男女比は限りなく半々に近づいてゆく。それにより,次第に社会全体もこの問題に強い関心を持つようになり,賃金格差を是正する方向へ向かうだろう。他にも,労働者の男女比が半々になっていくなかで,いろいろな女性を差別する制度もなくなるだろう。

つぎに,理想的年金制度の軸となる3点について見ていこう。

4.2 基礎年金の税方式化

 税方式の最大の長所は,無年金者や低年金者が生まれない事である。社会保険方式では,どうしても保険料の未納者が生まれる。その結果,社会保険方式では無年金者や低年金者が出ることを避けられない。つまり,公的年金の「すべての人の老後の生活を保証する」という理念は,社会保険方式では完全には達成することができない。それに対し,税方式では税金によって年金制度が運営されるため無年金者や低年金者が生まれない。

 また,税方式は消費税を年金の目的税にすることで,加入者に平等な負担を求める事ができる。消費税ならば,第3号被保険者制度の問題でとりあげられた専業主婦も買い物をしたときに支払う。一般に消費は所得や資産の多い人ほど多くなるので,社会保証の原理でもある所得の再分配という点でも理にかなっている。

 消費税を財源とすると消費税の大幅値上げが懸念されるが,基礎年金の給付総額と消費税の総額はともに約6兆円で,現時点で消費税の増額の必要はない。たしかに,保険料を支払わなくなった分を税金で支払うことにはなるだろうが,個人の支出そのものが増えるということではない。

 さらに,加入者一人一人の納める保険料の管理をする膨大な手間が省ける分,保険料の管理にかかる費用を減らすことができる。また,現行の社会保険方式では未納者がでることによる年金財政の悪化が問題になっているが,未納者のでない税方式では,財源年金財政もいくらか良くなるだろう。

 

4.3 年金の個人単位化

 女性の就労率は増加し続けていて,出産や育児で職場を離れる人の多い30などを除くと,70%以上の人が仕事をしている。保育施設や企業の産休制度などの充実で2020年には男性と同じ割合で女性も働くようになるだろう。消費形態の多様化を通じて,家事なども家庭外に委託するのが一般化し,その結果,病気などの特殊な事情ない人は,男女を問わず仕事を持ち,自分の収入源を持つようになると考えられる。

 「個人単位」の年金制度は,個人が収入源を持つ社会にマッチした制度である。まず,現在の「世帯単位」の年金制度は,「夫が収入を得て,妻が家事育児を行う」という家庭内分業をしていた頃は,収入のない妻を守るために「世帯単位」の年金制度が重要であった。けれど,個人が自分の収入を持つ様になると,年金制度を「世帯単位」にする必要はなくなる。

 さらに,女性の就労率が増加する一方で,離婚率の増加などで「家族」という制度が非常に流動的なものとなってきている。そのため,「世帯単位」とした年金制度では,前述の遺族厚生年金の問題や,離婚にさいして年金の分割の問題がさけられない。年金の「個人単位化」が進むことによって,年金上の不利益を理由に離婚を控えていた人が離婚に踏み切るかもしれないが,離婚の是非をここで問うつもりはない。また,離婚率の増加を防ぐ必要があるとしても,社会保障制度をそのために利用するのは好ましくない。

4.4 女性が働きつづけられる環境の整備

 2020年の日本では,保育施設や老人介護の制度など,女性が働きつづけられる環境の整備は行われているだろう。しかし,2020年の「個人単位」の年金制度が本当に理想的であるためには,この環境整備が非常に大切である。そこで,実現はされていると思うが,あえて年金制度の「3つの柱」の1つとして取り上げた。

 現在,女性の厚生年金の給付水準は非常に低い。それは,女性の賃金水準が低い事とともに,出産の時に多くの女性が長期間仕事を離れ,厚生年金に空白ができるからである。福祉先進国とも言われるスウェーデンでは,「個人単位」の年金が採用されている。女性の就労率も1987年の時点ですでに75%あり,7歳以下の子供を持つ女性でも78%に達する。しかし,出産や育児で仕事を離れることもあり,女性の年金額の平均は男性の約8割に止まるという。女性の低年金を防ぐ為にも,保育施設の充実などの,女性が働き続けるための環境整備を実現することが不可欠である。

5. おわりに

 現在,マスコミや年金を所管する厚生労働省でも年金制度改革についての議論はなされている。しかし,年金制度改革はあまり進展していない。現在では働く女性が女性全体の大半を占めるようになっている。サラリーマンの夫と専業主婦の世帯を基準とした現行の年金制度は,時代遅れになっている。しかし,現段階では,様々な改革案が議論されている段階で,どのような形の年金制度を作っていくかは,まだ決まっていない。

 女性の大半が働くようになっているのに,働く女性があまり恩恵を受けられないようでは,公的年金制度の存在意義が問われる。テレビや新聞では,年金制度改革について取り上げられることも多い。レポートの中で紹介したような年金制度になるかどうかはわからないが,少なくともこのレポートで取り上げた,第3号被保険者の問題点を解決できる年金制度であることが重要だ。せっかく年金制度を維持する事ができても,一人一人が十分な恩恵を受けられなくては意味がない。今後,年金制度改革の議論がどのように進むか,注目していく必要がある。

参考文献

  1. 井上照子,江原由美子:女性のデータブック[第3版](有斐閣,1999)
  2. 『新・社会福祉学習双書』編集委員会:社会保障論(全国社会福祉協議会,1998)
  3. 厚生省:平成12年度厚生白書(ぎょうせい,2000)


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